「女性エンジニア」という言葉に抱く違和感

エンジニアとして働き始めて早五年。毎年この季節になると、新卒採用の学生向け説明会にお呼びがかかる。
会社の代表として、学生たちにいかに自分の仕事が素晴らしいか、この会社が素晴らしいか話して聞かせてほしいと言われる。 採用活動用のWEBページに載せたいからインタビューしても良いか、という依頼までいただいたことがある。
(インターネットに自分の顔と名前・勤務先が公開されることに抵抗がありお断りした。IT企業でエンジニアをやっている癖にそのあたりの考えは古い)

私は決してエンジニアとして優秀な方ではない。会社に特別評価されているとも感じない。でも毎年、説明会には絶対呼ばれる。
その理由はきっと私の性別にあると思う。
改めて言うのも変だけれど、私は女だ。そして、弊社の100人近いエンジニアのうち、女性は僅か数人しかいない。おおよそ一割にも満たない数字だ。

私はエンジニアとして仕事をするにあたって、自分が女であることを意識したことがない。させられたこともない。女性が少なくて寂しいと思ったこともない。同僚は同僚であり、上司は上司だ。男であるか女であるかは関係がない。
なのに説明会では必ず、「女性エンジニア」として話すことを求められる。「女性エンジニアとして働く○○さん」なんてご丁寧な枕詞で紹介までされ、一年に一回必ず私は弊社にとって貴重な「女性エンジニア」であることを思い出させられるのである。

女性の社会進出が叫ばれて久しい。
オリンピック・パラリンピックの大会組織委員会会長の選出には女性であることが重要視され、橋本聖子さんが選ばれた。
求人情報を見れば、管理職における女性比率をアピールポイントにしている会社も少なくない。
弊社も例外でなく、人事部のミッションのひとつとして女性の活躍の推進が掲げられている。

男女平等ってなんだろう。
「女性の活躍の推進」という単語を見るたび、一種の薄ら寒さすら感じる。でもきっと、「女性エンジニア」が説明会に登壇することで、エンジニアとして働きたい女子学生の志望の気運が高まると考えられているのだろう。そして社内のエンジニアの女性の比率が増やすことができれば、弊社は女性の活躍を推進できていることになるのだろう。

誤解を恐れず言えば、私個人としてはエンジニアの男女比率が大きく偏っているのは必然だと思っている。
例えば、ピンクは女性のための色ではない。当然ピンクが好きな男性もたくさんいる。ピンクを着こなす男性は素敵だ。しかし、ピンクが好きな人を無作為に集めれば、女性の方が圧倒的に多いだろう。
そのことに対して、男女不平等だと感じるだろうか。「ピンクが好きな男性を増やさないと不平等だ!」と、ピンク好き男子を増やすためのスカウト活動が展開されるだろうか。
同じことだと思う。個人差はあれど男女の脳の作りは多少あって、プログラミングを好む人に男性が多いだけだ。会社が男性を優遇しているから女性比率が少ないわけではない。
それなのに、「女性のリーダーを増やそう」「女性エンジニアを増やそう」という動きはあちこちで大真面目に展開されている。

男女平等は、数ではない。女性を優遇することでもない。
男女平等のなかで暮らしているつもりが、女性の活躍推進の名のもとに自分が女であることを定期的に思い出させられる。
平等を推進することで、平等が遠ざかる。皮肉だな。